🟦 導入:実際の会話例から見える異常性
親「今日は学校の算数の授業でなにやったの?」
子供「りっぽうせんちめーとる をやった」
親「立法センチメートル?そういう単元とかページがあるの?」
子供「ない」
親「じゃあ、なんていう単元なんだろ?」
子供「・・・・比例かな。」
親「へぇ、比例かぁ。 比例の勉強で立法センチメートルが出てきたの?」
子供「出てきてない。」
親「あれ?さっき立法センチメートルをやったって言わなかった?」
子供「言った。」
親「?????」
このような会話は、多くの家庭で“あるある”と捉えられているかもしれません。
しかし、これは単なる言葉の行き違いでも、子どもの気分次第の返事でもなく、重大な認知・言語の問題の表れです。
子どもが自分の経験を整理して話すことができない。
質問に対して、答えの軸をつかめていない。
そして、会話が続く中で自分の発言と他者の問いを照らし合わせる力が育っていない。
この状態を「子どもだから仕方ない」と軽く見てはいけません。
むしろ、小学生高学年にもなってこの状態が続いているなら、保護者は危機感を持つ必要があります。
🟦 第1章:会話が成立しない子どもたちの実態
「質問に対して、まともに答えが返ってこない」
「前の発言と次の発言が食い違う」
「聞かれていないことを話し、聞かれたことには答えない」
こうした会話は、小学校高学年でもごく当たり前に見られる現象です。
・「ノートに何を書いてるの?」→「書いてない」→(見ると書いてある)→「…いや、書いた」
・「授業はどうだった?」→「べつに」→「何やったの?」→「…覚えてない」
・「宿題は出た?」→「ない」→(連絡帳を見るとある)→「…ちょっとだけ」
このように、子どもが「問われたことに答える」こと自体ができていない。
それどころか、問いの意図すら汲み取れず、「単語で返す」「曖昧に返す」「言葉を濁す」というコミュニケーションが日常化しています。
そして、それを親も「まぁそんなもの」と受け入れてしまっている家庭が非常に多いのです。
🟦 第2章:「話す力」が育っていない本当の問題点
子どもの「話す力」が育っていないと感じる場面は多々あります。
けれども、問題の本質は「言葉数が少ないこと」や「表現が稚拙なこと」ではありません。
それは表面的な症状にすぎず、真に問題なのは――
自分の経験・思考・記憶を、言語化して整理し、他者に伝えるという能力が育っていないことです。
たとえば、ある出来事を思い出しながら話す場合、
- 何が起きたのか(内容)
- それがいつ、どこで起きたか(状況)
- 自分は何を感じたか(感情)
- そして、それが今なぜ話題になっているのか(関連)
といった複数の視点を統合して、話を構成する必要があります。
これができるかどうかは、まさに「言語で思考する力」「言葉を通して世界を捉える力」にかかっているのです。
子どもが「話せない」原因は、言葉の知識や文法の理解以前に、
**「考えを言葉にする訓練を受けていない」「他者と対話する経験が乏しい」**という環境の問題が大きいのです。
🟦 実は「書く力」にも直結する
このような「話せない」子どもたちは、例外なく「書けない」子どもでもあります。
作文の指導をしていると、
- 「何を書けばいいかわからない」
- 「感想が書けない」
- 「出来事だけを箇条書きにする」
という子どもがとても多く見られます。
これもやはり、「自分の中にある情報を整理し、他者に伝えるための文章を構成する力」が欠けている証拠です。
つまり、
話せない=書けない
書けない=考えられない
という、学力の根本を揺るがす構造がそこにはあります。
🟦 第3章:なぜこんな状態になるのか?家庭環境と育ちの影響
子どもが「話せない」「書けない」「考えられない」という状態にあるとき、
多くの親は「もっと勉強しなさい」「授業をちゃんと聞きなさい」と言いたくなるかもしれません。
しかし、問題の根本は、そこではありません。
多くの場合、その背景には――
家庭での会話の質と量の不足
があります。
◆ 「何をしたの?」→「別に」しか返ってこない家庭
たとえば、毎日のように
「今日学校どうだった?」「楽しかった?」とだけ聞き、
子どもが「ふつう」「別に」「まあまあ」としか答えないまま放置していませんか?
これは、子どもの表現力不足の問題ではなく、
日常的に深掘りするような問いかけがなされていないことが原因です。
本来、子どもの言語能力を育てるには、
- 「何が一番楽しかった?」
- 「どうしてそう思ったの?」
- 「それはいつ・どこで・誰と・何をしたの?」
といった具体的で多角的な問いかけが必要なのです。
◆ 言葉による理解がないまま流される日々
また、家庭の中で「説明を省く」「感情を無視する」「曖昧なやりとりで済ませる」ことが多ければ、
子どもは「言葉で理解する」「言葉で伝える」という力を伸ばす機会を失います。
- 「いいから、やりなさい!」
- 「どうしてって、言われたからでしょ!」
- 「うるさい。黙ってやって。」
こうした“言葉のシャットアウト”が日常化している家庭では、
子どもが言語を通して自分の思考や感情を整理する機会が極端に減ってしまいます。
🟦 第4章:話せない子は、学力が伸びない
「話す力」と「学力」は、実は密接に結びついています。
これは単に国語のテストに強くなる、という意味ではありません。
全ての教科の学力の土台として、言葉の力は不可欠なのです。
◆ なぜ“話す力”がすべての学びに直結するのか?
たとえば算数の文章題を考えてみましょう。
「お菓子を2個ずつ配ると何人に配れるか?」という問題を前にして、
頭の中で状況を整理し、式を立て、解くという一連の流れは、すべて言語活動です。
それができない子どもは、
- 数字をただ並べる
- なんとなくそれっぽく式を書く
- 解き終わっても「何を聞かれていたか」があいまい
という状態になります。
そしてこれは、算数に限らず、理科や社会、英語、さらには体育や図工にも波及します。
◆ 書けないのは、話せないから。話せないのは、考えられていないから。
「作文が書けない」「ノートにまとめられない」と悩む子も多くいます。
この原因の多くは、思考の整理ができていない=話す力が未熟であることです。
- 自分の体験を「いつ・どこで・何をした・どう感じた」と順序立てて話せるか
- 先生の質問に対して「理由や背景を含めて」説明できるか
- ミスに対して「どうしてそうなったか」を自分の言葉で説明できるか
これらができる子どもは、自然と書く力・理解する力・学びを吸収する力も高まっていきます。
◆ 学びの成長は、言葉の成長と比例する
実際、学校の授業中でも成績の良い子どもほど
- 「こういうことかな?」
- 「つまり、こういうこと?」
- 「あ、わかった。〇〇ってことか!」
というように、自分の言葉で確認し、説明し、思考を深めようとします。
一方、言葉を使えない子どもは、ただ黙って教師の言葉を“受け流す”だけになりがちです。
これでは、わかった“つもり”でも、実際には何も身についていないことが多いのです。
🟦 第5章:なぜ言葉の力が育っていないのか?
「話す力がない」「言葉で説明できない」という子どもは、実はとても多くいます。
では、なぜそのような状態になってしまうのでしょうか?
それは、日常の言語体験の貧しさに根本の原因があります。
◆ 会話が成立していない家庭がある
「今日、学校どうだった?」
「ふつう。」
「楽しかった?」
「うん。」
── これは一見、会話をしているように見えて、会話ではありません。
親子のやりとりの中で、
- 子どもが具体的なことを言葉にする機会がない
- 親が深掘りせず、短いやりとりで満足してしまう
- 言い直しや整理を求めるフィードバックがない
こういった環境では、子どもの言語力は育ちません。
むしろ、「なんとなく通じるからそれでよい」と学習してしまうのです。
◆ 「通じればいい」が癖になってしまう
学校でも家庭でも、「通じればいい」という雑な言葉の使い方が癖になっていると、
- 単語だけで会話しようとする
- 主語述語がない
- 文の途中で話が止まる
- 話が飛ぶ
といった問題が顕著になります。
これは子どもが悪いのではなく、直してもらった経験が少ないからです。
◆ 失われつつある「言葉の訓練」の時間
かつては家庭の中に「会話の訓練」「言葉を整える習慣」が自然とありました。
- 食卓で今日の出来事を共有する
- 親が「それってどういうこと?」と話を深める
- 説明させる・整理させる場面が日常にあった
しかし、現代は
- 忙しい生活
- 親のスマホ依存
- 一方的な指示言語の多さ
によって、言葉でやりとりする時間が著しく減っています。
◆ 「言葉の力」は、訓練によって育つスキルである
重要なことは、言葉の力はセンスではないということです。
家庭の中で、
- 子どもの言葉を待つ
- 話を整理させる
- 間違っていれば言い直させる
- 理由を聞く習慣をつける
こういった日々の繰り返しによって、着実に育っていく力です。
🟦 第6章:親ができる「言葉の土台づくり」
「話せない」「説明できない」「何を考えているかわからない」──
こうした子どもの問題に対して、最も重要な支援者は親です。
ここでは、親が家庭で実践できる言語力の土台づくりについて解説します。
◆ 1.親が「会話の質」を変える
ただ「話しかける」のではなく、やりとりの質を意識しましょう。
- 子どもの言葉を待つ
- 単語で答えたら「どういう意味?」「具体的には?」と返す
- 理由や背景を聞くようにする
- 自分の考えを一度言葉にさせてから、アドバイスをする
例:
×「今日楽しかった?」 → ○「どんなことが一番印象に残ってる?」
×「それってダメだよ」 → ○「なぜそうしたのか聞かせて?」
この積み重ねが、言葉で自分を整理する力を育てます。
◆ 2.「言い直す経験」を大事にする
うまく伝えられなかったとき、
「そうじゃなくて、こうでしょ」と親が代弁してしまうことはありませんか?
これでは子どもは、自分の言葉を磨く機会を失います。
うまく言えなかったときは、
「もう一回ゆっくり言ってみようか」
「どこまでわかっていて、どこから迷ってる?」
と、言い直しの機会を与えましょう。
◆ 3.読解力は「日常の言語生活」で育つ
「国語が苦手で…」と学校任せにするのではなく、
家庭の会話がそのまま読解の土台になると考えてください。
- ニュースや本を見ながら「これってどういうこと?」
- 買い物中に「どっちが安い?なぜ?」
- ミスをしたとき「どうしてそう思った?どうすればよかった?」
こうした生活の中の問いかけが、意味を読み取り、考えを言葉にする訓練になります。
◆ 4.「何も言わない」子にこそ、あきらめない
一言も返さない、黙っている、答えたがらない──
こうした子に対しても、「話せないのではなく、話さなくても済んできた」だけかもしれません。
焦らず、投げかけを続けましょう。
- 選択肢を出して「どっちが近い?」
- 「こういう感じ?それとも違う?」
- 「言葉じゃ難しいなら、紙に書いてみる?」
“伝えようとする姿勢” を引き出すことが第一歩です。
🟧 まとめ:言葉で考える力を育てるために、いま親ができること
授業中の子どもとのやり取りや、家庭での会話から見えてくるのは、
「子どもが話せないこと」そのものよりも、
“話さなくても済む”ままにされてきた背景です。
単語での返答に親が満足してしまう
説明できなくても代わりに大人が話してしまう
うまく話せない子を「おしゃべりが苦手」として片付けてしまう──
これらは、子どもの言語思考力を止めてしまいます。
言葉にしなければならない場面を与え、言葉で考える体験を積ませること
これが、親としての大切な責任です。
また、学習面でのつまずきや行き詰まりは、
単なる知識不足や理解の遅れではなく、
「自分の考えを言葉で整理する力」の欠如に由来しているケースも少なくありません。
たとえば、どこでミスをしたのか、
どのように考えたのか、
なぜ違っていたのか──
こうしたことを「言葉にして見直す」ことができれば、
多くの学びの失敗は次に活かせます。
つまり、言葉は思考の道具であり、学力の土台そのものです。
親が毎日の会話の質を変えること。
言葉を受け止め、育てる姿勢を持つこと。
それが、将来、社会で生きるうえで不可欠な「自分の頭で考え、言葉で伝える力」を育てます。
話せばわかる──ではなく、話せるようになるまで支える。
そんな親の姿勢が、子どもの可能性を開いていくのです。