「確約」で高校受験は終わらない――首都圏の中学生が進路に迷う本当の理由

私立「確約」がもたらす安心と落とし穴

 首都圏、特に埼玉・神奈川を中心とした地域では、「確約制度」によって私立高校の入試が事前に事実上終わってしまうという独特の仕組みが存在する。中学3年生が10月や11月の個別相談会に参加し、模試や内申が一定基準を満たしていれば「入試は形式だけ」「試験白紙でも大丈夫」といった言葉を耳にする。

 その結果、多くの生徒が「進路が決まった」という安心感を早い段階で手に入れる。しかし、それは裏を返せば、勉強する理由が急速に失われることを意味する。受験終了後の3か月から4か月をどう過ごすか。これが、大学進学を考える上での最初の分かれ道になる。


模試偏差値50の中学3年生が抱いたリアルな進路の悩み

「大学には行った方がいいと思ってます。でも、どこまで頑張ればいいかが分からないんです。」

 こう話すのは、首都圏の公立中学校に通う男子生徒。現在の模試偏差値は50前後。私立高校を第一志望にしており、秋の確約を狙って動いている。彼の家庭では両親も「大学くらい出ていないと、社会に出てから苦労する」と大学進学を前提にしている。

だが一方で、彼の塾講師はこう忠告する。

「確約で高校に入ると、絶対に気が抜けます。どんなにやる気があっても、合格が決まった後に本気の勉強を続けるのは難しい。それは人間の性(さが)です。」

この生徒はまさに、「どこまで頑張るべきか」「今、全力を出すべきか」といった進路選択の本質に、身をもって悩んでいる最中だった。

塾講師と保護者、それぞれの“正しいけれど食い違う”助言

 この男子生徒の家庭では、両親も教育熱心だ。とくに父親は「今の世の中、大学くらいは出ておかないと社会で苦労する」と話し、進学を当然の前提としている。しかし、保護者が言う「大学に行くべき」というアドバイスは、正論であると同時に抽象的でもある。大学とは何を学ぶ場所で、どんな力を伸ばすのか、その部分には踏み込めていないことが多い。

対照的に、塾講師の方はより実践的な視点から彼に語りかける。

 「確約で高校が決まること自体を否定する気はありません。ただ、その時点で『受験が終わった』という達成感が生まれてしまうと、以降の数ヶ月を“無風”で過ごすことになります。これは大学受験で大きなハンデになります。」

さらにこう続ける。

 「今の時代、大学には誰でも入れます。極端に言えば自分の名前を言うことができ、簡単な面接を受けるだけで合格できるような大学も多数存在します。でも“いい大学”に入りたいなら、高校入試での努力を経験しておくことは非常に大きい。第一志望の公立高校を本気で目指し、最後まで力を出し切る経験が、大学受験の土台になるんです。」

塾講師が強調しているのは、「入試を戦う経験こそが、次の勝負に耐えうる精神力と学習習慣を生む」という点である。

 一方で保護者の意見も間違っているわけではない。現実として、学歴によって就職先の選択肢が大きく変わる日本社会の中で、最低限の「大学卒」の肩書きは確かに意味を持っている。だからこそ、親としては“確実な進学”を第一に考えたくなるのだ。

 だが、子ども本人の気持ちと成長のタイミングに目を向けたとき、どちらが正しいかは一概には言えない。問題は、「早く決まる安心感」が、長期的な学びのモチベーションを奪ってしまうリスクにあるのだ。

「いい大学に行きたい」なら高校受験で本気を出せ

 高校受験を終えてから高校入学までの期間――このわずか数ヶ月間が、意外にもその後の人生を左右する「学力の土台」となる。なぜなら、目標を見失った状態で勉強を続けるのは、想像以上に難しいからだ。

 実際、多くの私立高校で「確約入試」を通過した生徒たちは、中学3年の11月以降、勉強から少しずつ距離を取っていく。遊びたくなるのは当然だし、「受験勉強から解放された」安心感が悪いわけではない。問題は、その気の緩みが、そのまま高校生活にスライドしてしまうことにある。

 高校に入ってから、「よし、ここから本気で勉強だ」と思っても、すでに習慣が切れている。いざ大学受験を目指そうとする高2・高3になっても、再びエンジンをかけるのに苦労するケースは少なくない。

 一方、公立高校を第一志望にし、2月の受験本番まで勉強し続けた生徒は、「本気で戦い抜いた経験」がしっかりと身体に残る。たとえ合格しなかったとしても、その過程で得た学習のリズムや粘り強さは、高校以降も生きる財産になる。

塾の先生が語っていた言葉が、非常に本質的だった。

「“いい大学”というのは、入る前だけが“いい”んです。入ってしまえば、その大学にいるのは全員、そこを目指してきた人と、滑り止めで入った人だけ。入学後に差をつけられるのは、“自分で走り続けられる人”だけなんです。」

 つまり、どの高校に入るかも大事だが、「そこに至るまでに何を経験したか」がもっと重要なのだ。人生において、何かを本気で目指し、それに向かって努力する期間を持てる機会はそう多くはない。中学3年の今こそ、そのチャンスである。


自分の進路を“選ぶ”ということ

 進路選択とは、「どこに進むか」ではなく「どんな経験を選ぶか」ということでもある。

私立確約で早期に進路を決める選択も、公立を本命に最後まで努力する選択も、どちらにも意味がある。大切なのは、自分の将来にとって「より価値ある経験はどちらか」を見極めることだ。

どの道を選ぶにしても、それを“他人のせい”や“仕組みのせい”にせず、自分の選択として引き受けること。それが進路選択の本質であり、人生の基礎をつくる第一歩になる。

保護者・教育者向け子供とのかかわり方