分かっていないことすら分からない 中学生の進路を阻む<親の壁>という現実

学力ではなく、言葉が通じないという絶望

 夏休みを目前にした、ある暑い日。中学3年生の子どもを持つ母親が、学習相談のためにやってきた。  

 志望校や学習状況について聞き出し、これからの方針を立てようとしたが、その面談は開始から10分で異様な空気を帯び始めた。

それは、学力の問題ではなかった
会話が成立しないのだ


実力は通知表以下 学校評価と現実の乖離

 その子は現在、学習塾には通っておらず、通知表には「3」や「2」が並んでいる。しかし、通っている中学校には<保護者クレームを避けるために過大評価を与える>という暗黙の文化があり、実際の学力は通知表の印象よりもはるかに低いと見て間違いない。

 実際、英語は中1の1学期の段階で理解が止まり、数学に至っては「解法を理解せず、勘で答えを書いている」ものが多かった。

 このような状態では、英数の基礎を高校受験レベルまで引き上げるには1年以上の復習が必要だ。入試まで残された半年足らずでは、どうやっても間に合わない。

 だからこそ、短期間で得点源にできる<理科や社会>に注力すべきというアドバイスを伝えた。


進路の分岐点で、言葉が通じないという現実

これらの現実を、専門家として冷静かつ丁寧に、わかりやすい言葉で説明した。
「理社に力を入れるのが最も結果につながります」
「英数を伸ばすには時間が必要です」
「難関大学を目指すなら、高校受験はある意味で捨てる必要があります」

だが返ってきたのは、「大学には行ってほしいです」というひとこと。

さらに質問を重ねた。

「では、英数に長期的に取り組むということですね?」
しかし返事はない。
再度尋ねた。

「難しかったでしょうか?どこかわからない部分があれば教えてください」

ようやく返ってきたのは、
「高校受験って5教科必要なんですよ。だから5教科やります」

――完全に、話がかみ合っていない。


「言葉で考える力」がなければ、教育の土俵に立てない

 この母親に共通するのは、単なる知識不足ではない。
会話の流れが追えない。質問の意図がつかめない。抽象的な思考ができない。

つまり、言語で理解する力が極端に弱いのだ。

 これでは、子どもの教育について論理的に考えたり、的確な判断をしたりすることは、はっきり言って不可能である。

 本人に悪気がないことは明らかだ。
しかし、言語を用いて思考し、相手と対話する力が育っていない以上、何をどう説明しても、受け取ることができない。

このような保護者の存在こそが、子どもの進路を静かに、しかし確実に阻んでいる。


自分の限界を自覚できる人が、子どもを救える

もしこの記事を読んで、
「私も少しそうかもしれない……」
と感じた保護者がいたなら、それは責めるべきことではない。

むしろ、その自覚があること自体が、立派な第一歩だ。

子どもにとって何より大切なのは、正解を教えてくれる親ではない。
間違えない環境を作ってくれる親である。

 言葉で説明できないなら、何も言わずに専門家に任せればいい
学習塾でも学校でも、子どもの学力を伸ばすプロに、方針決定も判断もすべて委ねる。

 その過程にも、結果にも、口を挟まない。あなたの子である以上、期待した通りに成績があがらないこともあるだろう、下がり続けることもあるだろう。でもそれが、その子にとっての最高到達点に近いことは間違いない。
 そういった、静かに自己の無力を認め、他人に任せることのできる親は、子どもにとって何より信頼できる味方になる。


教育は「知識」ではなく「環境づくり」

親が子どもにしてあげられる教育とは、勉強を教えることではない
「学べる環境」を整え、「妨げないこと」こそが最大の役割だ。

 親の学力や論理力が低いこと自体は、問題ではない。
問題は、それを自覚せず、感情で方針を決めたり、専門家の意見を跳ね返してしまうことだ。

もし今、子どもの進路や学習について悩んでいるなら、まずはこう問いかけてみてほしい。

「私は、子どもの教育において、本当に支援者になれているだろうか?」

子どもの未来を守る第一歩は、親が「何もしない」勇気を持つことかもしれない。