「先生、トイレ行っていいですか?」その一言に隠された“ごまかしの習性”という深い問題

「我慢できません」と言われたら、教師はNOと言えない

 授業中に「トイレに行っていいですか」と尋ねてくる生徒がいます。もちろん、本当に体調が悪かったり、我慢の限界にきている場合もあるでしょう。しかし一部の生徒は、明らかに「その場を離れたい」という目的のためにこの言葉を使ってきます。
 そして、こう言えば先生は断れないと分かっている。これはもはや、単なるサボりやいたずらというレベルの問題ではありません。

 「漏れそう」という言葉を免罪符に、教師の指導の手を封じ込め、授業から逃げる――これはごまかし行動の典型であり、もっとも深刻なのは、それが「許される」と本人が思ってしまうことです。

 また、騙し誤魔化しの自覚がない場合も非常に多いことも問題です。


問題は「トイレに行く」ことではない

 本質的な問題は、「本当は授業に向き合いたくない」「注意を受けたくない」「勉強から逃げたい」という気持ちを、“トイレ”という正当な理由の皮をかぶせて通そうとする態度です。これは本人の中で、「逃げるための理由をつければOK」という思考回路ができていることを意味します。

 このようなごまかしは、やがて「疲れた」「具合が悪い」「親が迎えに来る」など、他の場面でも頻繁に使われ始めます。指導者や親の側が見逃し続けると、本人の中で「自分は本当のことを言わなくても許される」という歪んだ自己正当化が育ちます。


“騙す”ことで自分をごまかす子どもたち

 「我慢できません」と言えば先生は許してくれる。
「体調が悪いと言えば、叱られずにすむ」。
こうした“安全な逃げ道”を覚えてしまった子は、やがて本音を言わずに生きる習性を身につけていきます。自分の弱さや面倒から目をそらすために、「理由のあるウソ」を使って場をしのぐ。

 しかしこれは、自分をごまかす行為でもあります。
逃げてもいい、逃げたって誰も怒らない。――でも、「なぜ逃げたいのか」「どうすれば向き合えるか」といった自己理解や対処力の育成が止まってしまうのです。


この“ウソ”を見抜けない大人側にも課題がある

 もちろん、教師が本気で「それはウソだろう」と言い切ることは難しい。「漏れそう」と言われたら、実際にそうだった場合のリスクを考えてしまいます。だからこそこの構図はずっと繰り返されるのです。

しかし、だからといって黙認し続けることが正解ではありません。
「授業に集中できないなら後で一緒に考えよう」
「次の時間の冒頭に先生と話そう」
といったように、“行動の後に対話がある”という構図を意識的に作る必要があります。


まとめ:問題は「逃げること」ではなく「ごまかすこと」

子どもが逃げたくなるのは当然です。苦手な授業、注意された場面、緊張する発表――そのすべてに前向きになれるわけがありません。

しかし大人が見過ごしてはならないのは、「逃げ方の質」です。
**「体調が悪いふり」「トイレに行くふり」**でその場を離れ、それを大人に信じさせようとすることは、教育的に見て致命的な問題です。
それは「正直に生きなくていい」「他人を騙せば通る」と子どもが覚えてしまう道です。

ごまかしの習性を断ち切るためには、「信頼と対話」によって、“逃げないで済む環境”を作ると同時に、“ごまかさないで済む態度”を育てることが必要です。

保護者・教育者向け子供とのかかわり方