1. はじめに
「親が連絡内容を読めない」――そんな信じがたい状況が、いま教育現場で実際に起きています。
これは決して特殊な一例ではありません。むしろ、こうした家庭が近年、確実に増えているという実感があります。
今回取り上げるのは、中学3年生の受験生とその保護者をめぐる実話です。
本人は受験を控え、生活全体を通して支援が必要な状態ですが、支えるはずの母親が“支援を必要とする側”だった――。
現場で起きた混乱とその本質的課題について、時系列で整理しながら解説します。
2. 親に文章が通じないという現実
この家庭は母子家庭で、母親が保護者としてすべての連絡・手続きを担っています。
しかしこの母親には、重度の学習障害や知的な困難があると考えられます。
残念ながら診断は受けていません。40台後半から50第という年齢的にも見過ごされていた世代です。
文書の内容を理解できず、単語として読むことすら困難な場面も見られます。
教育現場からのお知らせ(開校日程、時間割の変更、模試の申し込みなど)はすべてメールで送付していますが、それらはほとんど「見られていない」か、「見ても理解されていない」のが実情です。
確かにメールは既読になります。しかしその後に起きる行動を見ると、内容は一切頭に入っていないことが明らかです。
その影響は、子どもの受験に深刻なかたちでのしかかってきます。
3. 教育現場とのやり取りで起きた“4つの混乱”
実際に起きた事例は以下のとおりです。
①【休校日にもかかわらず登校】
「明後日の水曜日は夏期授業準備のため休み」と何度も案内していたにもかかわらず、当日子どもが登校。誰もいない教室に来て、何度もインターホンを鳴らし、何度も電話をかけてきました。
②【時間割変更への対応ができない】
翌木曜日から夏期授業が始まり、時間割が通常と異なることを案内していたにもかかわらず、時間を大幅に間違えて来校。
すでに3回以上、似たような誤解によるトラブルが繰り返されています。
③【模試の申し込みができない】
学力把握に不可欠な模擬試験への申し込みを、3回中2回忘れています。
母親には「案内を読んで、必要であれば確認の連絡を」と毎回丁寧に伝えていましたが、改善は見られません。
④【文章が読めないことを前提に支援できない構造】
そもそも、現行の教育連絡手段が「読むことを前提としている」ため、このような保護者に対応する手段がないのです。
文字情報を理解できないにもかかわらず、「通常の家庭と同様に扱われてしまう」ことで、支援が機能しません。
4. 子どもが背負う「親の限界」
時間を間違えて子どもが登校したとき、こう声をかけました。
「お母さんだけでは予定の管理が難しいなら、自分自身で確認しておくようにしよう。これは君の通学予定だから。」
本来であれば、これは成長の一環として自然なアドバイスです。
中学3年生ともなれば、自分のスケジュールを管理する力を少しずつ育てていく時期でもあります。
しかしこの家庭では、それが別の意味を持ちます。
【親が機能しないから、代わりに背負わされる】
本来、親が管理しなければならない情報処理、予定確認、手続き――それをこの子は、受験勉強と並行して一手に担わされているのです。
5. 逆ギレという壁:母親からの連絡
その数日後、母親からこう連絡がありました。
「私への文句を子どもに言わないでください。不快です。」
このような反応は、教育現場で徐々に増えているものです。
- 本人の理解力や行動に明確な問題があっても、それを他者に指摘されると、激しく防衛的になる
- 子どもを通じて状況を改善しようとすると、「文句を言われた」と感じ、逆上して責任転嫁する
こうした振る舞いは、「自分が支援を受けるべき立場である」という認識が本人にないことを示しています。
つまり、自分の知的限界を正しく認知できていないのです。
6. 増え続ける「読めない親たち」
この母親のように、文章を読めない・理解できない親は、決して特異な存在ではありません。
むしろ、ここ数年で明らかに増加傾向にあります。
原因としては、いくつかの要素が考えられます。
- 【義務教育段階での学力保障の失敗】
実質的に読み書きが十分に定着しないまま社会に出た人々が、親になっている。 - 【スマートフォンによる読解力の崩壊】
通知を見るだけで本文は読まない。長文は苦手。読んだとしても文意を掴めない。
これは読解放棄とも言える現象で、学歴とは関係なくあらゆる層で広がっています。 - 【発達特性や診断未了の知的困難】
知的ボーダーや学習障害(LD)、ADHDなど、読み書き・情報処理に課題を抱える人が、診断も支援も受けられずに大人になっているケースも多い。
しかもこうした保護者は、「自分が特別な支援を必要とする側」であるという自覚がほとんどありません。
そのため、教育現場の支援や配慮を「文句」や「攻撃」と受け取り、敵対的な反応を示してしまいます。
7. 子どもに与えるダメージとは
このような家庭に育つ子どもが受ける影響は、学習面だけにとどまりません。
以下のような「複合的な負担」が日常的に降りかかります。
- 【予定・提出物・連絡のすべてを自力で把握しなければならない】
自分の勉強だけでなく、「家庭の中の大人の役割」まで任されている。 - 【親が正確に情報を処理できないことを恥ずかしく思い、誰にも相談できない】
周囲と同じようにサポートが得られない。孤立と焦燥感。 - 【親がトラブルを起こしても、自分が謝らされる】
学校や教育機関から怒られるのは自分。罪の意識だけが膨らんでいく。 - 【重要な手続き(進路、試験、補助金等)が抜け落ちるリスク】
親が機能しないというだけで、教育・進学における重大なチャンスを逸する。
これは虐待ではないかもしれません。
しかし、明確に【認知的ネグレクト】の状態です。
支援を受けられない、気づかれない、そして本人も声を上げられない。
静かに、しかし確実に、子どもの学力と心を蝕んでいきます。
8. 教育現場がとるべき対処法
こうした状況に対して、教育現場ができることは限られています。
それでも、次のような対策は可能です。
- 【本人(生徒)に直接スケジュールと情報を伝える体制】
保護者に頼らず、本人が確認・把握・管理できるようサポート。
プリント・掲示物・声かけなど、複数の手段で重ねて伝える。 - 【親との連絡は極力明文化・定型化し、記録を残す】
誤解を防ぎ、あとで責任を転嫁されたときの備えにもなる。 - 【感情的な反応には応じず、冷静に「対応経過」として残す】
教育機関の対応に問題がないことを明示するためにも、感情論で揺さぶられない。 - 【子どもが「親の限界」を代償として背負わされないようにする】
謝罪・説明・手続きなど、本来保護者の責任であるものは、子どもに求めない。
9. 本質的な問題:支援が届かない家庭
本事案の最も深刻な本質は、「支援が必要な家庭であるにもかかわらず、支援が届かない」という構造です。
・行政は、家庭内の実態に踏み込めない
・学校も、親が「普通の顔をしていれば」それ以上確認しない
・親は、自分の限界を認めない
・結果として、子どもが沈んでいく
「親が子どもの足を引っ張る」という表現がありますが、それは怠慢や無関心とは限りません。
【親自身が“読めない・理解できない”状態である】という、認知機能そのものの問題であることもあるのです。
このような家庭に対しては、一般的な保護者対応では対応しきれません。
制度の外で支援が取り残されている家庭が、確実に存在します。
10. 終わりに(読者への問いかけ)
もしあなたが保護者なら、我が子の進路や学びに対して、十分な理解と行動ができているか、一度立ち止まってください。
読めない、理解できない、認められない――
その“親の壁”を前にして、無言で苦しんでいる子どもたちがいます。
「支援が必要なのに、支援が届かない家庭」
その存在を、どうか忘れないでください。